適応障害になった経緯からの続きです。
5月16日(月)に心療内科で治療を受けその翌日5月17日(火)に早速行動に移りました。
まず、私は直接の上司に休職の訴えはしないでその上の本社の総務部長に訴えました。
私は直接の上司(店長、副長)は私自身信用していなかったので訴えを握りつぶされるかもしれないという不安もあったのでその方法をとりました。
ありがたいことに事務員に信頼できる方がいたのでその伝手で総務部長とお話をすることが出来ました。総務部長さんが気を聞かせて頂いて直属上司には聞こえない場所(駐車場の車の中)話をしました。
いろいろ話をさせていただきました。自分がため込んでいた物を感情的にならないようにできる限りオブラートに包んでしかしはっきり伝えられたと思います。 話を聞いてもらってその翌日(5月18日)には休職(3ヶ月)の了承を得ることが出来ました。
とはいうものの休職に入れるのは5月21日(土)(うちの会社の月締めは毎月20日のため)なので残りの2日間は常務を含む数名の上司と意見交換を行い、仕事の引継ぎに関してはアシスタント達にはほとんどの作業を経験させていたので特に大きな引継ぎ作業はありませんでした。
特に大きなトラブルもなくスムーズに休職を得られました。
正直な話ちょっとごねられる覚悟はしていましたが、「逃げることができた~」という喜びもあるますが、反面「あ、やっぱり私ってこれだけの存在だったね。」、「代わりはいっぱい要るんだろうね」と落ち込みがあったり、それ以外にもいろいろなことが頭の中を駆け巡りました。
家に帰って一番うれしかったのは妻からの「お疲れ様」の言葉でした。 ホッとしたのと同時に涙が出そうになるのを悟られないようにこらえていました。
次回は休職中の事を書こうと考えております。
それでは。
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